人が見ている色は、一人ひとり違うのだと知ったときは非常に驚きました。自分が見ている「赤」は人が見ている「赤」とは少し違うようです。
理由は、目の網膜の中心にある錐体(すいたい)という色を識別する細胞の数が人によって違うためです。
錐体細胞の個人差は、肌のキメや歯並びの違いのようなのかな、と想像しています。 色の見え方がどれくらい違うのかは、例えば「髪が黒い」「瞳が茶色がかっている」といっても個人差がある、ちょうどそのような違いではないかと思いますが、他人の網膜を移植しないと自分の色の見え方とどれくらい違うのかわからないので具体的にはわかりません。
たとえ見えている色が完全に同じだとしても、それを何色と表現するかの人による認識の違いも「色の違い」に影響がありそうです。
あるとき「絵の美しさを研究しています」と言ったら「ではWebデザインで一番おすすめの色合いはありますか」と聞かれ、答えられませんでした。
色の見え方の違いの衝撃に加え、そのシンプルな質問がきっかけで 色について調べています。
図1:「色彩学貴重書図説」(北畠 耀著,(社)日本塗料工業会,2006) p.87より
まず色彩は、いくつかの体系があり統一されていません。
色空間という概念があり、それをどうやって説明するか いくつかの方法論があり それぞれ用途が違います。
なかでも、近年のデジタル化でCIE1976 Lab色空間が広く使われています。
●国際的な標準体系
CIE 1931 RGB・・・テレビなどのデジタル表示。
CIE 1976 Lab*色空間 / CIE 1976 Luv*色空間・・・デザイン、印刷、画像処理、品質管理などの分野。 色差や色の均一性など、色の比較や測定に有用。人間の視覚に基づいて設計された。(一番新しい体系)
●それ以外の色体系
CMYK・・・印刷業界で使われている。
マンセル表色系・・・色の測定、工業分野での品質管理(19世紀末)
「色彩学貴重書図説」(北畠 耀著,(社)日本塗料工業会,2006)にわかりやすい図がありました。図1の矢印が示すように、体系間で「この値はそっちの体系ではこの値になる」と相互変換して紐づいています。
色についての本は顔料の歴史に偏ったものが多く困っていたのですが、「色彩学貴重書図説」(北畠 耀著,(社)日本塗料工業会,2006) は色彩の方法論を時系列で体系化し、図や写真が多くわかりやすいのでオススメです。「配色の教科書」(色彩文化研究会 (著), 城 一夫 (監修,)2018)もセンスのいい色合いで紙質も良く、適切なページ割で整理されています。ただ、日本独自の色彩体系PCCSの説明があるもののCIE 1976 色空間の記述がありません。しかしムーン&スペンサー以降の研究者についても列挙されているので近年の色彩学の発展まで整理できます(CIE1976以外は)。
さて、「Webのいい色合いとは何か」の答えを改めて考えると そのWebが相手にどういう印象を与えたいかの目的によると思いました。
惹きつけたいのか、リラックスさせたいのか、その目的に適した色調が「いい色合い」になると思います。では ”惹きつける色合い”や”リラックスさせる色合い”とはどういう色調なのか。具体的な知見として、例えば 2013年にMorettiらが Color Harmonizerと名付けたツールで古典的な色彩調和論をベースに効果的なWebデザインを支援する方法を提案しています。
その他には、ユーザーは初見50ミリ秒でWebサイトの魅力度を識別していて 最初に目が行く色がとても大事なので、ユーザーを惹きつける色合いの選定に文化背景を考慮した手法を提案します、という論文もあります。
今回調べてみて、そもそも色の概念の発想力が見事で、それを発展させたのが物理学者や化学者だというのが意外でした。
古くはアリストテレスの「すべての色は白と黒の間から生じる」やダヴィンチの「遠くのものはより濃い色にする」などの色彩論がありましたが、
ニュートンが物理実験で光をプリズムで色に分けてみせて、色彩学が始まったので物理学が元なのですね。時系列で研究者を並べてみます。
Sir Isaac Newton
(1642-1727)
哲学者・物理学者・数学者・
天文学者・神学者
実験主体のニュートンの色彩論
Johann Wolfgang von Goethe
(1749-1832)
詩人・自然科学者・哲学者
人の主観・眼を重要視した
ゲーテの色彩論
Michel-Eugène Chevreul
(1786-1889)
化学者
初の調和論, ”色のバイブル”.
シュヴルールの色彩調和論
George Field
(1777-1854)
化学者・染色家
赤黄青の3原色による
フィールドの色彩調和論
ちなみに、色の源である光について「光は粒なのか波なのか」は300年以上(!)の謎でしたが、1905年にアインシュタインが「光は波であり粒子である」ことを示して解決しました。この、波であり粒子でもあることを「量子」といいます。
Ogden Nicholas Rood
(1831-1902)
物理学者
芸術と産業に役立つ
ルードの現代色彩論
Henry Albert Munsell
(1858-1918)
美術教師・画家
初の国際標準体系
マンセル表色系
Friedrich Wilhelm Ostwald
(1853-1932)
化学者・哲学者・教育家
「調和は秩序に等しい」
オストワルト表色系
Albert Einstein
(1879-1955)
理論物理学者
光は波であり粒子である
光量子仮説
Parry Moon & Domina E. Spencer
(1898-1988) (1920-2022)
工学者・物理学者
色の定量化
ムーン&スペンサーの色彩調和論
Johannes Itten
(1888-1967)
芸術家
バウハウス教師
イッテンの色彩調和論
Faber Birren
(1900-1988)
カラーコンサルタント
美しい色とはよく売れる色
ビレンの色彩調和論
Deane Brewster Judd
(1900-1972)
物理学者
アメリカ色彩学会の巨人
ジャッドの色彩調和論
今、広く使われているCIE 1976 Lab*色空間やLub*色空間はビレンやジャッドの活躍時期とも重なっていますが、彼らが国際照明委員会(CIE、拠点はスイス)の取り決めに直接関与したのか特定できません。照明委員会が色彩の体系を決めたというのも不思議ですが、色の源は光だからでしょうか。
これからはデジタル化でCIE1976UCS色空間に自然と統一されるのか、それとも心理学のフロイト派とユング派のようにそれぞれの主張が共存するのか、それにCIE1976色空間が人の視覚に基づいて作られたといっても錐体の個人差はどう考えられているのか、気になるので調べてみました。
まず、多くの論文が色の統合や、各カラー体系間の整合性について論じていて、色空間の統一を目指しているようです。
そのなかで 2022年にSmithらが Virtual Colour Atlas という統一ツールを作っています。
7つのカラー体系(Colorcurve、Coloroid、DIN 6164、Munsell、OSA-UCS、NCS、Swiss Colour Atlas 2541)と3つの色空間(CIE xyY、CIELAB、CIELUV)、3つの色域 (BS:5252、RAL 840-HR、RAL 841-GL)を網羅しておりWeb上に無料公開されています。
2年前に発表されたばかりのできたてホヤホヤですね。各界の反発にあわずに順当にこのツールが広まるなり、似たような考えでまとまっていけば色体系は自然と統一されるのではないかと思います。
CIE1976での錐体の扱いについては調査中です。