『TAMING UNCERTAINTY』(R, Hertwig et al., MIT Press. 2019) を引用した最新論文をひとつご紹介します。
これはバイアスをテーマにした認知科学の論文で、463名を対象に実験を行った結果 得られた4つの知見を報告しています。
(1)人は繰り返し聞いたことを真実だと認識しやすい。たとえ嘘だとわかっていても、時間が経つと真実だと認識してしまう傾向がある。
(2)繰り返し聞くほど物事の判断に甚大な影響を及ぼす。
(3)自分はその影響の強さをよくわかっているのであまり影響を受けないけれども
(4)周囲の人々はその影響を過小評価しがちだ、と思っている。
「人は自分自身のバイアスを自覚しづらい」という知見が既に出ている、と語るところで『TAMING UNCERTAINTY』を引用しています。
確かに私も「自分はそういうバイアスが発生しやすいことをわかっているから、人よりは客観性がある」と思っています。
それに たとえ相手が「本当かわからないけど」と言っても暗黙的にある程度真実だと思ってしまうことはありそうです。
繰り返し聞くほど真実だと思い込みやすい、それが意思決定にいかに大きな影響を及ぼすのかを実証したことがこの論文の新規性です。
この論文では「世界最大のリチウム鉱床はボリビアにある」など、真偽判断が明確で単純な事象で実験していますが、実生活での真偽判断は より複雑で曖昧なケースが多いように思います。立場が違えば意見も違い、勝てば官軍の後付けの「Truth」もありそうです。そういうケースでは何を Truth とみなすのか、Truthをどう正しく定義するのか、そもそも難しい。
このあたりは集合知やメタ認知で扱われているのでしょうか。
認知バイアス(誰もが持つ考え方のクセやゆがみ)の本 [1] に、今回の論文で示された4つの知見の現象名が書かれていました。青字で示します。
(1)人は繰り返し聞いたことを真実だと認識しやすい。たとえ嘘だとわかっていても、時間が経つと真実だと認識してしまう傾向がある。
(2)繰り返し聞くほど物事の判断に甚大な影響を及ぼす。
【真理の錯誤効果】[1] pp.154-156
(3)自分はその影響の強さをよくわかっているのであまり影響を受けないけれども
【ナイーブ・リアリズム】[1] pp.194-197
(4)周囲の人々はその影響を過小評価しがちだ、と思っている。
【第三者効果】[1] pp.194-197
そのほか、集団の認知バイアスもいくつか紹介されていました。大勢で判断するほど結論は公平だと思っていましたが、そうではないとは意外です。
【集団極性化】[1] pp.262-263
集団だと極端な結論に導かれやすい現象のこと。危険な方向にしても、安全な方向にしても、集団で意思決定を行うとき、もともと優勢だった意見の方向に集団極性化がおこる、するとその集団で導かれる結論は多数派の意見に引きずられる方向に変化しがち。集団での問題解決や意思決定が必ずしもうまくいくとは限らない、という一例。
集団極性化のひとつ【リスキー・シフト】[1]pp.264-266
リスクを伴う意思決定を行う際、集団だとよりリスキーな結論がみちびかれやすくなる現象。
集団極性化のひとつ【コーシャス・シフト】[1] pp.266-268
リスクを伴う意思決定を行う際、集団だとより保守的な結論がみちびかれやすくなる現象。
参考文献
[1] 監修 植田一博, やさしくわかる!文系のための東大の先生が教える バイアスの心理学, NEWTON PRESS, 2023