共感覚(シナスタジア)とは、ある1つの刺激に対して、通常の感覚だけでなく 異なる種類の感覚も自動的に生じる知覚現象をいい(Wikipediaより)、以下のいくつかのカテゴリに分類できます [1]。
(1)文字や日付など視覚特徴から色を感じる色字共感覚
(2)音の高低や楽器音など聴覚特徴から色を感じる色聴共感覚
(3)触覚・嗅覚・概念など視聴覚以外の特徴によって色を感じる共感覚
(4)音に匂いを感じたり、形に匂いを感じたりする共感覚
(5)数字や日付に空間配置を感じる空間系列共感覚
(6)視覚から触覚を感じるミラータッチ共感覚
(7)数字にパーソナリティを感じる序数擬人化共感覚
共感覚は個人の主観的な感覚によるもので、第三者が客観的に確認できません。また、何を共感覚として、何をそれ以外とするのか、の定義も決着していないので、上記の他にも存在する可能性があります[1]。
非常にまれな感覚だと思っていたのですが、カテゴリを問わなければ 4.4%の確率で共感覚を持っている人がいるそうです。つまり、約23人に1人の割合で共感覚者がいるのですね。思っていたよりもずいぶん身近です。1人が複数の共感覚を持つケースもあり、その保有数が共感覚の強さや、認知特性(自閉スペクトラムに似た、局所的情報への注意の向きやすさ)の強さと相関があるそうです。感じ方には個人差があるいっぽうで 不思議なほどの一致もあり、「病気」や「天才的な超能力」ではありません [1]。
『ぼくには数字が風景に見える』[2] は共感覚の持ち主で、数学と語学の天才でもあるロンドン生まれのダニエル・タメット氏の世界を描いていて、読むと具体的にどんな風に自分の感覚と違うのかが想像できます。例えば彼にとって円周率の小数点以下100桁までがどういう風に見えているのか、というとこのような感じです。
上の図のように起伏を伴う形と、きらきらした数字や暗い数字など、質感や色を数字に感じるのだそうです。π の数字のなかでいちばん有名な部分がアメリカの物理学者ファインマン (Richard Phillips Feynman, 1918 - 1988)が好んだ「ファインマン・ポイント」と呼ばれる、小数点以下762桁から767桁までの「・・・999999・・・」と9が6つ連続する箇所です。ここについてダニエル氏は ” ファインマン・ポイントの風景はとても美しい。紺色の光の分厚い縁取りが見える”と語っています。ちなみに彼自身が好きな場所は小数点以下19437桁から19453桁までの、9が断続的に4回 計11個出現するところなのだとか。9は共感覚保持者が好む数字のようですね。
ほかの本では、『博士の愛した数式』[3] で主人公の頭の形をルートの記号に例える感覚も序数擬人化共感覚のひとつなのかな、と思います。『青の数学』[4] で数学オリンピックを目指す高校生たちの会話からも、数についての豊かな共感覚の表現を味わえておもしろいです。
かなり昔に、もはやどこで見かけた文章か忘れてしまったのですが、18世紀の数学の天才が定理を発見したときに「〇〇〇のことを考えると、数字が連続した風景が浮かぶ。その数字の滑らかな稜線に欠落が見える。その欠落を埋めればその先に綺麗に続くから、その欠落を埋めただけだ」というようなことを発見の理由として語ったと書かれていました。まだ解かれていない数学の謎を考えると数字の風景が見えて、それが美しいとか欠けているとか、そういう風に感じる人がいるのだということに衝撃を受けました。その人はただ、より美しくするためにちょっと手を加えただけ、という感覚なのでしょう。その感覚はどうやら「数覚」「共感覚」というものらしい、と知って以来 憧れています。数学の答えがこのへんにあると頭の中に見えるなんて、格好いいですね。
最近は(2023年12月)音と色の共感覚を可視化するツールが提案されています。
Xue Mao, Jie Xu, Jiahong Lang, Shangshu Zhang. Visualization of isomorphism-synesthesia of colour and music. Visual Informatics. Vol7(4). 2023. 110-114
非共感覚者に 強制的に文字や音符に色を選んで貰う実験を行ったところ、実験後に潜在的な共感覚を自覚する人が出てきた、という報告もあります。
Kosuke Itoh. Induced awareness of synesthetic sensations in synesthetically predisposed “Borderline Non-synesthetes”. Consciousness and Cognition. Vol 118. 2024. https://doi.org/10.1016/j.concog.2024.103650.
自分が共感覚なのだと自覚していない人もいるそうですし、日本は「普通」であることを良しとする傾向があり、客観的に証明できないので信頼関係にも影響します。そういった背景により 言い出さない人もいるでしょうから、実際に認知されている人はかなり少ないと思います。
参考文献
[1] 浅野倫子, 横澤和彦. シリーズ統合的認知 第6感 共感覚 統合の多様性、勁草書房、2020
[2] Daniel Tammet, 古屋美登里訳, ぼくには数字が風景に見える, 講談社, 2007
[3] 小川洋子, 博士の愛した数式, 新潮社, 2005
[4] 王城夕紀, 青の数学, 新潮社, 2016