「Strategic Uncertainty and Incomplete Information: The Homo Heuristics Does Not Fold (L, Spiliopoulos and R, Hertwig)」を引用した最新論文「The interpretation of uncertainty in ecological rationality」をご紹介します。哲学系ジャーナル SYNTHESISより。
Introductionの冒頭からローマの哲学者セネカの言葉から始まります。
「これから起こることはすべて不確かなものである」
筆頭著者は哲学の専門家で、この論文を読むまで哲学で意思決定が論議されているとは知りませんでした。
ここでは「不確実性(Uncertainty)とはそもそも何か」の定義をしようとしています。意思決定の不確実性をどう捉えるのかは 研究分野(心理学・経済学・数学・統計学・物理学・哲学・認知科学・神経科学・神経病理学)によって異なり、統一した見解は未だ出ていない、と指摘しています。
著者はまず、サイモン(Herbert Simon, 1916-2001) と ブランスウィック (Egon Brunswik, 1903-1955) の有名な古典的理論を引き合いに出して整理しています。
サイモンは 完全な合理性を前提とした従来の意思決定に疑問を呈して、不完全性を考慮することの重要性を説きました。
Simon, H. A. (1972). Theories of bounded rationality. Decision and Organization, 1(1), 161–176.
その後、ブランスウィックは「The conceptual framework of psychology」( Brunswik, Egon. Midway reprint, 1979) という著書の中で 環境と人は基本的には別個のもので、人は不確実な手がかりを使って常に環境を推測しながら意思決定するのだと語っています。ちなみにここでブランスウィックが提案した意思決定モデルは”レンズモデル”と呼ばれ、もともとブランスウィックが提案した視覚情報処理モデルだったのですが、のちに意思決定でも使われるようになりました。視覚の情報処理プロセスは意思決定モデルをうまく表現できるのですね。
著者はサイモンとブランスウィックの理論を踏まえた上で、「環境とは 環境による人の知覚反応と、その反応によって環境が受ける影響の相互作用なのだ」として、環境と人を統合しひとつのものとして扱いました。この考え方が論文の新規性です。
さらに、不確実性には(1)環境の偶発性や情報量不足 と(2)人の推論能力の限界 の2種類があり、まずどちらの不確実性について語るのかを切り分けてはどうか、と提案しています。
もし環境の不確実性が低い場合には経験知や専門知識で対処し、不確実性が高い場合にはシンプルなヒューリスティックな戦略 、例えば「等重視戦略」(Equal-weighting strategy) で対処することを薦めています。
読んでみて 哲学というよりも、人を「有機体(organism)」と表記するなど随所に生物学的アプローチを色濃く感じた論文でした。
ちなみに意思決定では、人を「エージェント (agent)」と表現するケースが多くみられます。
ちなみに、生物学で「有機体 (organism)」というと人間だけではなく動物・植物・微生物も含まれます。それらの意思伝達で思い出した記事をご紹介します。植物の知性が解明されつつあるようです。
【動画】植物内部の「警報」伝達、可視化に成功 | ナショナル ジオグラフィック日本版サイト (nikkeibp.co.jp)
植物は「会話」している、ストレスで超音波を出すことも判明 | ナショナル ジオグラフィック日本版サイト (nikkeibp.co.jp)