認知科学とは何ですか?と聞かれることがあります。
認知科学とは、情報処理という観点から、生体(特に人)の知の働きや性質を理解する学問です。
人の知は経験値に基づく直観的な判断や推論なので、アルゴリズムの塊である人工知能と比較されることもあります。(日本認知学会HPより)
どういう刺激にどう反応するのか、それはなぜなのか。
視線・聴覚・皮膚感覚・脳波などの知覚情報がどういうプロセスで情報処理(判断、理解、記憶、思考、学習)されるのか、を探求する学問です。
脳科学、神経心理学、神経美学、情報科学、言語学、哲学などと関連があります。
よく、心理学とどう違うのか、認知心理学と認知科学はどう違うのか、と聞かれます。
認知科学は学際的で他分野と連携した研究が多く、心理学や認知心理学はどちらかというと専門的に進める研究が多いようです。認知科学は神経科学や計算モデル、心理学は実験心理学の手法を取る傾向が見られます。とはいえ、厳密な境界線はないように思います。
認知科学の成り立ちを知ると、立ち位置がよくわかります。
COGNITIVE PSYCHOLOGY AND ITS IMPLICATIONS (John R. Anderson. 6th edition. Worth publishing. 2005) から抜粋・要約すると、
<認知科学発祥の背景>
第二次世界大戦中(1939~1945)「高度な兵器を使いこなす方法をどう訓練すればいいのか」、「兵士がストレス下で注意が途切れてしまう問題にどう取り組むべきか」という課題が顕在化したが、当時の心理学は解を示せなかった。
<認知科学創生のきっかけ>
戦後(1950~1970), Donald Briadbert博士がその課題解決に有用な新しいアプローチを示し(きっかけその1)、それを含めた3つの研究が主な発端となって人の振る舞いがコンピュータと似ているという考え方が広まり、認知科学として発展した。
AI(コンピュータ)を支える理論的な基盤として、認知科学とAIは双子の学問とも呼ばれている (はじめての認知科学, 内村直之・植田一博・今井むつみ・川合伸幸・嶋田総太郎・橋田浩一 著, 新潮社, 2016) 。
きっかけその1: Donald Broadbent博士の 知覚モデル。
戦後、ケンブリッジ大学のDonald Broadbent博士が提案した、心理学と情報処理を組みあせたアプローチがこの課題解決に強い影響を与えた。Broadbent博士の 論文 Perception and Communication (1958) は情報処理における注意のメカニズムの理論で、知覚をモデル化する認知心理学の礎となった。
きっかけその2:Allen Newell 博士と Herbert Simon博士のAIへの取り組み開始。
Broadbent博士と同じ時期にアメリカの Carnegie Mellon Universityの Allen Newell 博士と Herbert Simon博士が人間の振る舞いを計算機モデルで模倣する研究を行い、AIの開発に繋がった。
きっかけその3:Noan Chomsky博士の「普遍文法」。人の振る舞いを認知全体から捉える考え方。
言語学で、マサチューセッツ工科大学の Noam Chomsky博士が言語獲得に関する「普遍文法」の概念を導入し、言語は生得的であり普遍的な規則に基づいていると主張した。人がどのように言語を獲得するのか、を言語学の枠組みを超えて人の認知全体として捉えようと提案し、このアプローチが広まった。
<近年の認知科学>
以前は計算機に実装できなかった人の推論や意思決定モデルが(例:機械学習やベイズ確率理論など。理論は昔からあったもののコンピュータで計算するには処理が重すぎた)近年のコンピュータ処理能力の飛躍的な発展により実装可能になり AIの開発に寄与しながら 認知科学が大きく発展している。
<認知科学の研究対象> 認知心理学(箱田裕司、都築誉史、川畑英明、荻原滋 著, 有斐閣. 2016) をベースに蛮勇で並べてみました。
知覚・・・視線(パターン認識、位置、色、動き、奥行き、顔認知)、脳(認知神経科学)
感性・・・感じたものへの評価や価値づけのプロセス.
注意と行動☆・・・聴覚、視線、選択的注意、中心的注意
記憶☆・・・ワーキングメモリ、長期記憶、短期記憶
カテゴリー化・・・できるだけ最小の努力で最大の情報を得る枠組み
知識の構造・・・意味、スキーマとスクリプト、記憶
言語・・・心的辞書、文脈理解
問題解決と推論☆・・・問題解決での探索、類推、帰納推論
判断と意思決定☆・・・規範的理論、記述的理論、ヒューリスティック、バイアス、メンタルモデル、判断、選択、好み
認知と感情☆・・・処理プロセス、感情と認知・感情と記憶、共感覚
認知と脳★・・・認知の形成プロセス
認知発達・・・子どもの認知発達
社会的認知☆・・・世界のとらえ方、印象形成、帰属意識、ステレオタイプ、集団認知、コミュニケーション、インタラクション
文化と認知☆・・・視覚・思考・言語の文化比較、他者との差
メディアと社会認識☆・・・フレーミング効果、培養理論、メディア・ステレオタイプ
「認知科学に垣根なし」と書かれた参考書もありますので、あくまでご参考まで。
メタ認知(自分の認知機能についての認識、理解、および制御)は☆マーク、集合知(複数の人が協力して知識を生み出すプロセス)は★マークの研究に関係していると思います。